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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)96号 判決

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社東芝

代表者代表取締役

青井舒一

訴訟代理人弁理士

須山佐一

森定奈美

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

河田祥志

松村貞男

今野朗

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第4132号事件について、平成4年3月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年12月23日、名称を「電子部品」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭56-207190号)が、平成2年12月25日に拒絶査定を受けたので、平成3年3月7日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第4132号事件として審理したうえ、平成4年3月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月15日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

重量%で0.3≦Cr+Zr≦2.0(ただしCr1.5%以下、Zr1.0%以下)及び残部が実質的にCuからなる析出硬化型合金で構成された基体金属表面に直接Sn被覆層を介して半田部が接続されたことを特徴とする電子部品。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭54-100257号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1という。)、実公昭51-43721号公報(以下「引用例2」という。)及び特開昭51-115775号公報(以下「引用例3」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例1~3の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定は認め、相違点の判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1の相違点の判断にあたり、「銅合金で構成されたリードの表面を錫メッキすることは、引用例2及び3にも記載されているように本出願前周知であり」として、周知性についての判断を誤り(取消事由1)、また、「引用例1に記載されたクロム、ジルコニウム及び残部が銅からなる析出硬化型銅合金で構成されたリードについても、この表面に錫メッキ、すなわち錫被覆層を設け、これを介して他の部材と半田接続した点に、当業者が格別の創意を要したものということはできない。」として進歩性の判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(周知性についての判断の誤り)

審決は、「本願発明では『基体金属表面に直接Sn被覆層を介して半田部が接続された』と規定されているのに対し、引用例1にはこのような記載がみられない点で、両発明は一応相違する。」(審決書3頁17~20行)として両者の相違を認めながら、相違点を判断するにあたり「銅合金で構成されたリードの表面を錫メッキすることは、引用例2及び3にも記載されているように本出願前周知であり」(同4頁1~3行)として、周知性についての判断を誤った。

(1)  一般に、リードフレーム用の材料には、電気抵抗が小さいこと、表面酸化が小さいこと、引張り強度が十分であること、曲げ加工が多いので延性があること、高温特性が良いこと、半田とのぬれ性が良いこと等の諸特性が要求されている。

一方、銅合金は、電気抵抗が小さく、引張り強度、延性が大きい材料として本願出願前から周知であり、また、表面酸化を防ぐとともに、半田とのぬれ性を向上させるために、その表面に錫(Sn)メッキを施すことも、一般の電気導体の分野では本願発明前からの周知技術である。

しかし、銅合金上へ直接錫メッキを施した場合、「半田耐候性」が著しく悪くなるという欠陥、ないしは、銅合金上へ直接錫メッキを施し高温長時間保持した場合、銅合金とSn被覆層の界面に添加元素の濃化によるSn-添加元素金属間化合物の脆い層が形成され、その金属間化合物層で剥離現象が生じるという問題があった(甲第6、第7号証)。

このような添加元素の選択拡散によるメッキ層界面での金属間化合物の形成を防止するために、リードフレームの基体金属に銅合金を用いる場合、従来は、基体金属上に拡散バリヤーとしてニッケル(Ni)を下地メッキし、これを介して錫メッキを施すことが慣用技術であった(甲第9、第10号証)が、この下地メッキ処理は、電子部品の製作コストを上昇させる大きな要因となっていたばかりか、電子部品の製造過程を複雑化させるため、その簡略化の必要に迫られていた。

(2)  本願発明は、上記の従来技術の問題点を解決するために、下地メッキ処理なしでも「Sn被覆層」を形成させることができる銅合金の成分組成を選択し、これによりメッキ工程の簡略化を図ったものである。

本願発明の最大の特徴は、基体金属表面に下地メッキ処理なしに「直接Sn被覆層」を設けることを可能にした点にあり、「直接Sn被覆層」を設けることにより、銅合金の酸化を防ぎ、半田に対するぬれ性を改善するという効果を奏するものである。

したがって、合金組成を「クロム、ジルコニウム及び残部が銅からなる析出硬化型合金を基体金属としている点」と「直接Sn被覆層を介して半田部を接続する点」とは、本願発明の効果を実現する上で相互に関連する不可分の技術事項であるところ、審決は、ただ漫然と「本願発明では『基体金属表面に直接Sn被覆層を介して半田部が接続された』と規定されているのに対し、引用例1にはこのような記載がみられない点で、両発明は一応相違する。」と両者を分離して公知技術と対比しており、この点において、本願発明の本質を看過したものといわざるをえない。

(3)  引用例1(甲第3号証)は、原告の出願に係わるものであって、そこには本願発明における「基体金属」の合金組成と重複する合金組成を持つ析出硬化型合金からなる「高強度銅合金で形成されたリードフレーム」が開示されているが、それは被覆層を有しないタイプのリードフレームであって、審決も認めるように、そこには「基体金属上に直接Sn被覆層」を設けるという本願発明の基本的構成は開示も示唆もされていない。

一方、引用例2(甲第4号証)には、半導体集積回路に使用される連続リードフレームの形状に関する考案が開示されており、そこには「リードフレームは鉄・ニツケル・コバルト合金(コバール)或は銅合金等からなる金属板」から製作されること(同2欄28~32行)、また、リードフレームとなるよう切断された後メッキ工程に送られ、「メツキは金、銀、錫、半田、ニツケル等の金属をメツキ材として電気メツキ或は化学メツキにより行なわれる」(同3欄17~19行)ことが記載されている。

また、引用例3(甲第5号証)には、表面処理形成に特徴を有するリードレームを用いた半導体処理装置に関する発明が開示されており、そこには、このリードフレームが「銅合金又は鉄合金等によつて形成され」(同号証2頁左上欄19~20行)、「最終的には外部リードとなる部分には数ミクロン厚の錫メツキ又は錫を基本材とする合金メツキ例えばSn-Ni、Sn-Pb、半田メツキを施すことによつて、表面処理層が形成されている」(同2頁右上欄8~12行)と記載されている。

しかし、前記のとおりNi下地メッキを施すことが慣用技術であったこと、また、リードフレームのような部品については高い信頼性が要求されるから、実験の裏付けなく銅合金上に任意の金属被覆層を設けることは、当業者の常識外のことである等を考慮すると、引用例2及び3の上記記載は、通常電気導体として用いられている材料や被覆層のないリードフレームに用いられている材料を例示しただけのものであり、「銅合金」からなるリードフレーム上に「Sn」メッキを「直接」設けることを開示したものではない。

電気導体として一般に用いられていた銅合金について、剥離の問題が現にあるときに、この点について言及されていない被告援用の各公開特許公報(乙第1~6号証)に記載された銅合金からなる基体金属とSnメッキとの組合せによるリードフレームについての記述は、技術的裏付けを欠く単なる可能性を示しただけにすぎないものであるから、周知性の根拠とすることはできない。

(4)  以上のとおり、審決は、本願発明の技術的課題及びその構成について十分な理解をすることなく、漫然と、引用例2及び3には、銅合金からなるリードの表面をSnメッキしたものが記載されていると認定したため、本願発明の重要な構成要件である「基体金属上に『直接』Sn被覆層を設ける」点については何も判断を示すことなく、単に「銅合金で構成されたリードの表面を錫メッキすることは周知」であると、誤って判断したものである。

2  取消事由2(進歩性の判断の誤り)

本願発明は、発明の要旨記載の組成の合金を選択することにより「基体金属上に『直接』Sn被覆層を設ける」ことを可能としたものであるところ、引用例1~3には「基体金属上に『直接』Sn被覆層を設ける」点についての記載も示唆もないのに、審決は、本願発明を引用例1~3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと誤って判断した。

(1)  本願発明は、「銅合金」上に「直接Snメッキ」をした場合に「半田耐候性」が著しく悪くなるという技術的課題についての認識と、本願発明の組成の銅合金が「半田耐候性」に優れているという本願発明の合金の特有の性質の発見に基づいてなされたものである。

本願発明にいう「半田耐候性」とは、半田付け後、長時間高温に置かれるときに、液体金属中の添加元素が銅マトリックス中を拡散移動して半田と基体金属の界面に濃化し、半田を剥離させたり界面の電気抵抗を増大させたりする現象を阻止する性質をいい、「半田耐候性」の向上効果は、本願発明の最も重要な技術的効果である。

リードフレームのような「電子部品」は高温下で使用されるため、本願出願前公知の銅合金を基体金属として使用した場合には、添加元素が拡散して「Sn被覆層」との界面に脆い金属間化合物層が形成され、その金属間化合物層で剥離現象が生じ、「半田耐候性」が劣化するという重大な欠陥を有していたのを、本願発明は、基体金属として発明の要旨記載の組成の析出硬化型銅合金を使用することによりこの問題を解決したのであって、本願発明において、「基体金属上に『直接』Sn被覆層を設ける」ことは重要な意義を有する事項である。

(2)  本願発明における基体金属中のCrやZr等の添加元素は、高温下での銅マトリックス中の相互拡散係数が小さく、かつそれ自体、銅マトリックス中で銅とCr-Cu金属間化合物やZr-Cu金属間化合物を形成して析出し不動状態となるため、Sn被覆層との界面への添加元素の濃化を殆ど起こさないという特徴を有する。このため、本願発明の電子部品は、Niメッキのような拡散バリヤーとしての下地メッキなしでもSn被覆層の界面での剥離を起こさないという顕著な効果を奏するのである。

本願発明における基体金属の特定の組成は、銅合金からなる基体金属上に直接Sn被覆層を設けることと技術的に一体不可分の関係にあり、この組成なくしては下地メッキ処理なしでの「直接Sn被覆層」は実現しなかったのである。

(3)  引用例1には、本願発明の前提となる銅合金上へ直接Sn被覆層を設け高温長時間保持した場合の界面における金属間化合物の形成による剥離の問題については全く記載されておらず、また、本願発明の技術的課題である、銅合金組成の選択により、拡散バリヤーとしての下地メッキを施さなくとも、正常な錫被覆層及び該錫被覆層上への半田耐候性を有する電子部品を得ることについて、記載も示唆もされていない。

要するに、引用例発明1は、その発明目的が、リードフレームを構成する基体金属のみに向けられており、被覆層の形成については全く示唆されていない。

引用例2は、前記のとおり、基体金属として使用可能な材料と金属メッキ層として使用可能な金属を並列的に列挙しただけのものであって、銅合金からなるリードフレーム上に直接Sn被覆層を設けることを示したものでない。

また、引用例2には、銅合金として引用例1の組成のものを使用することは記載も示唆もない。

引用例3は、前記のとおり、通常電気導体として用いられている材料や被覆層のないリードフレームに用いられている材料を例示しただけのものであり、銅合金からなるリードフレーム上に直接Sn被覆層を設けることを開示したものではない。

また、引用例3にも、銅合金の添加元素と被覆層のSnにより形成されるSn-添加元素金属間化合物に起因する界面における剥離の問題並びに引用例1の合金構成を用いる必然性については記載も示唆もない。

(4)  以上のとおり、引用例1~3には、本願発明の技術的課題については記載も示唆もされておらず、単に本願発明の各構成要件が相互の関連性なく、各引用例に分散記載されているだけである。要するに、引用例1~3には、引用例1のリードフレームの銅合金組成と、引用例2及び3のSnメッキ技術とを結合させるいかなる必然性も示唆されていない。

したがって、当業者であっても、引用例1~3の記載から、本願発明を容易に想到することはできない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

リードフレーム上に直接Sn被覆層を設けることは、本願出願前周知の事項であり、審決の判断に誤りはない。

(1)  引用例2に原告摘示の記載があることは認めるが、その記載を素直に読めば、リードフレームの基体金属としての「銅合金」の表面に錫をメッキすると読み取れ、これは「直接」という文言がなくても、銅合金に直接錫メッキをするということ以外解しようがないのである。

ことさらに意図的に読まない限り、銅合金の表面にまず他の金属メッキ層を設け、さらにその上に錫メッキを施すことを意味するものと解することはできない。

引用例3に原告摘示の記載があることは認める。

引用例3の図面第2図には、銅合金又は鉄合金で形成されたリードフレーム本体1の「直接」表面上に錫メッキからなる表面処理層4が設けられていることが図示されている。この図示されたものによると、リードフレーム本体1と表面処理層4との間には何らの層も設けられていないのであるから、この第2図は明らかに、「銅合金」で形成されたリードフレーム本体1の表面上に「直接」「Snメッキ」からなる表面処理層4を設けることを示しているものといわざるをえない。

(2)  さらに、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭56-123394号公報(乙第1号証)、同56-79810号公報(乙第2号証)、同54-124972号公報(乙第3号証)、同55-26649号公報(乙第4号証)、同52-78621号公報(乙第5号証)、同55-96664号公報(乙第6号証)には、「直接」という文言自体はないものの、リードフレーム又はリード材の基体金属の表面に直接Sn被覆層を設けることが開示されており、特に、後5者の公開特許公報には、リードフレーム又はリード材の基体金属等として銅合金を用いることまで開示されているのであるから、リードフレーム又はリード材の基体金属として用いる銅合金の表面に「直接」Sn被覆層を設けることは、本願出願前周知の事項であるといわざるをえない。

2  取消事由2について

(1)  原告は、本願発明の技術的課題に関して、銅合金上にSn被覆層を直接設けるとメッキ界面におけるSn-添加元素金属間化合物に由来する「剥離」という問題が起き、本願発明はこの問題を解決するためになされた旨主張するが、本願明細書にはこの点に関する何らの記載もないから、原告の主張は本願明細書に基づかない主張である。なお、原告援用の日本金属学会昭和57年度秋期大会の講演要旨(甲第6号証)及び同学会誌48巻9号(1984年)所載の論文(甲第7号証)は、本願出願後9か月~2年以上たって発行された刊行物であり、これを根拠とすることはできない。

(2)  本願発明で基体金属として用いる銅合金は、本願発明と同一発明者による原告自身の先願発明である引用例発明1のリードフレームの基体金属として用いられる銅合金の組成範囲に含まれることは明らかであって、引用例1に、本願発明と同様の技術的課題も、半田耐候性という性質も、いずれも示されていないのは、この銅合金自体が半田耐候性という性質をもともと有していたために、この上に「直接Snメッキ」をした場合に「半田耐候性」が著しく悪くなるなどという技術的課題がもともと存在していなかったからである。

また、引用例1には、リードフレームにメッキを施すことについての直接的な記載はみられないが、リードフレームは通常、その表面酸化や腐食を防止するために、また、半田付け性等を向上させるために、その表面に錫等の金属メッキを施すものであり、このことは、本願出願前に普及していた当業者の技術常識であるというべきである。

したがって、引用例1においても、そのリードフレームは、当然、錫等のメッキを施すものと解するのが相当である。

(3)  そうすると、引用例1に本願発明と重複する特定組成の銅合金をリードフレームの基体金属としたものが明記されている以上、この特定組成の銅合金からなるリードフレームについて、リードフレームとしての通常の処理、すなわち、錫等の金属メッキを施すことは必然的な帰結にすぎないのであり、この点に格別の発明性が存するものとはいえない。

したがって、引用例1の銅合金に、周知の直接Snメッキを施す技術を適用すること、すなわち、本願発明に想到することは、当業者には容易になしえたものというべきである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(周知性についての判断の誤り)について

(1)  引用例2に、リードフレームの基体金属として「銅合金」が鉄・ニッケル・コバルト合金(コバール)と並列的に記載され、メッキ材として「錫」が金、銀、半田、ニッケル等の金属と並列的に記載されていること、引用例3に、リードフレームが「銅合金」又は鉄合金等によって形成され、最終的には外部リードとなる部分には数ミクロン厚の「錫メッキ」を施すことによって、表面処理層が形成されていることが記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、引用例3(甲第5号証)の図面(第2図)には、表面処理層4がリードフレーム本体1の表面上に直接設けられていることが図示されていることが認められる。

また、特開昭54-124972号公報(乙第3号証)、同55-26649号公報(乙第4号証)、同52-78621号公報(乙第5号証)、同55-96664号公報(乙第6号証)によれば、半導体リードフレームは、銅あるいは銅合金ストリップからなるリードフレーム用素材の表面に、ニッケル、錫、及び銀などのメッキ層を形成し、プレス打ち抜き加工等により成形されるものであって、リードフレーム用素材に要求される特性として、プレス打抜性、導電性、耐熱軟化性、耐繰り返し曲げ性などとともに、メッキ性(乙第3号証3頁左下欄13~17行、同第4号証2頁右上欄5~12行)、メッキ密着性(乙第5号証2頁左上欄13行~右上欄7行)ないしメッキ加工性(乙第6号証3欄12~17行)が挙げられ、このような特性を持つ優れたリードフレーム用素材を得る努力がされ、種々の組成からなる銅合金の発明が本願出願前から行われていることが認められる。

これを、上記特開昭55-96664号公報(乙第6号証)についてみれば、そこには、「最近のように高密度、高集積度が強く要求されるところから高い導電率、強度、屈曲性及び耐熱性を有し、メツキ加工され易い表面品質を有する材料が必要となつてきた。メツキ加工され易い表面品質とは、半導体ペレツトとリードフレーム、並びにボンデイングワイヤとリードフレームの接続性を向上し、リードフレームの耐酸化性、耐腐食性、半田付け性等を向上維持するために行なう銀、金、ニツケル、スズ等のメツキ被覆性が優れていることで、このようなメツキ加工はリードフレームの加工コスト中大きな比重を占め品質信頼性に大きく影響する」(同号証2欄2~13行)、「本発明はこれに鑑み種々検討した結果、Cu-Fe-P合金と同等の強度、耐熱性、導電性を有し、メツキ加工性がCu-Sn-P合金と同等である半導体素子のリードフレーム用銅合金を開発したもので、・・・合金中に発生する酸化物がメツキの密着性を阻害すること、脱酸剤(原文の「済」は「剤」の誤記と認める。)にリンを使用したものは、合金中の添加元素と結合してリン化物例えばリン化鉄を析出し、これがメツキの密着性を阻害することを知見し、溶解性で強力な脱酸素能力を有する亜鉛を添加することによりメツキ加工性に有害な酸化物の発生を完全に停止し、かつ鉄を固溶限界以上添加して金属鉄粒を析出させることにより導電率を低下せしめることなく強度、耐熱性を向上せしめたものである。」(同3欄12行~4欄7行)と記載されている。

これによれば、リードフレームの耐酸化性、耐腐食性、半田付け性等を向上維持するために行なう銀、金、ニッケル、スズ等のメッキ被覆性の向上を目的として、メッキ加工され易い表面品質を有する材料を開発するにつき、用いるメッキ層として、ニッケルと並列してスズ(錫)が記載されており、そのメッキ層と銅合金との密着性が銅合金の組成との関係で問題とされているのであるから、この記載は、リードフレームの基体金属である銅合金の表面に錫のみをメッキした場合を、すなわち、ニッケル下地メッキの手段によるのではなく、銅合金からなるリードフレームの表面に直接錫の被覆層を設けたものを示しているものと認められる。

以上の各公報の記載に照らせば、そこには、「直接」という文字自体の記載はないものの、本願出願前に、銅合金で構成されたリードフレーム用素材の表面に直接錫メッキすることは、周知の技術であったというべきである。

(2)  これに対し、原告は、引用例2及び3は、ニッケル下地メッキを施すことが慣用技術であったこと、また、リードフレームのような部品については高い信頼性が要求されるから、実験の裏付けなく銅合金上に任意の金属被覆層を設けることは、当業者の常識外のことであること等から、「銅合金」からなるリードフレーム用素材上に「錫」メッキを「直接」設けることを開示したものではない旨、さらに、電気導体として一般に用いられていた銅合金について剥離の問題が現にあるときに、この点について言及されていない上記各公報を周知性の根拠とすることはできない旨主張する。

しかし、原告援用の昭和55年7月発行「古川電工時報」第70号(甲第10号証)によっても、本願出願前には、リードフレーム用銅合金材質を開発するについて、銅合金とメッキ性の関係が問題とされていることが記載されていたことが認められるのであって、上記のとおり、本願出願前に銅合金からなるリードフレーム用素材上に「錫」メッキを「直接」設ける技術が存在しているのであるから、本願出願時において、ニッケル下地メッキを必ず施すことが慣用技術であったとは、到底認めることはできない。また、剥離の問題があるとしても、昭和56年10月東京芝浦電気株式会社発行「総合研究所実験報告」第642号(甲第9号証)は、電気導体として一般に用いられていた銅合金すべてのものに「剥離」が生じていることを示すものではないから、前示周知技術の認定に用いた各特許公開公報(乙第3~第5号証)に、この点についての言及がないからといって、技術的裏付けを欠く単なる可能性を示しただけにすぎないものということもできない。かえって、前示のとおり、特開昭55-96664号公報(乙第6号証)には、そのメッキ層と銅合金との密着性が銅合金の組成との関係で問題とされているのであって、銅合金に対するメッキ層の剥離の問題は、本願出願前、当業者において優れたリードフレーム用素材を得る努力がされ、種々の組成からなる銅合金の発明がされる過程において、当然に認識されていた一要素であったことは明らかである。

本願発明もまた、このような開発過程における発明の一つとして位置づけられることは、本願明細書(甲第2号証の1~6)において、「このようにめっき工程を2回も設けると製造工程が増加するのでリードフレームとしての単価が高くなるので好ましくなく、出来ることならNiめっき工程を省くことがリードフレームの低価格化につながるので好ましい。本発明者等はこれに挑戦して特公昭53-43390号に示す発明を完成し得た。」(甲第2号証の4、訂正明細書3頁5~11行、同号証の5補正の内容(1))が、なお十分なものではなかったので、「Cr、Zr、Ni、FeおよびSnをCuに単に添加した場合に表面酸化状態、導電率低下、電気的特性の経時変化、半田とのぬれ性及び半田耐候性、リードフレームの硬度、外観の荒れ及び高温特性等について」(前示訂正明細書4頁2~6行)検討した旨を記載し、本願発明につき、「本発明者等は従来実施されて来た技術である基体金属とこの基体金属に被覆する被覆金属とを選択し、この技術を利用することによって完成したものである。」(同4頁13~16行)と述べていることによっても明らかである。

原告が取消事由1として主張するところは、上記認定の客観的な事実にそぐわないのみならず、本願発明の発明者らの認識にも一致しないものというべきであり、もとより採用できない。

2  取消事由2(進歩性の判断の誤り)について

(1)  本願発明と引用例発明1とが、審決認定のとおり、「クロム、ジルコニウム及び残部が銅からなる析出硬化型合金で構成された基体金属からなる電子部品という点で一致し、各成分の組成割合についても両発明は重複している」(審決書3頁11~15行)こと、本願発明では、「基体金属表面に直接Sn被覆層を介して半田部が接続された」と規定されているのに対し、引用例1にはそのような記載がない点で相違することは、当事者間に争いがない。

この銅合金よりなる基体金属表面に直接Sn被覆層を設ける点は、半導体リードフレーム用素材の開発過程において、リードフレームの耐酸化性、耐腐食性、半田付け性等を向上させる目的のために、当業者により十分に認識されてきた課題であって、本願出願前に、銅合金で構成されたリードフレーム用素材の表面に直接錫メッキすることが、引用例2及び3にも記載されている周知の技術であったことは、前示のとおりである。

したがって、引用例発明1と各成分の組成割合が重複する析出硬化型合金で構成された基体金属からなるリードフレームについて、「この表面に錫メッキ、すなわち錫被覆層を設け、これを介して他の部材と半田接続するものとした点に、当業者が格別の創意を要したものということはできない。」(同4頁8~11行)とした審決の判断に誤りがあるということはできない。

(2)  原告は、本願発明は、「半田耐候性」すなわち「半田付け後、長時間高温に置かれるときに、液体金属中の添加元素が銅マトリックス中を拡散移動して半田と基体金属の界面に濃化し、半田を剥離させたり界面の電気抵抗を増大させたりする現象を阻止する性質」を向上させるもので、この「半田耐候性」の向上効果は、本願発明の最も重要な技術的効果であると主張する。

しかし、半田耐候性が上記の現象を阻止する性質をい、うことは、本願明細書には記載がないうえ、前示のとおり、リードフレームの耐酸化性、耐腐食性、半田付け性等を向上維持するために錫等のメッキ被覆性の向上を目的として、メッキ加工され易い表面品質を有するリードフレーム用素材が開発されてきた過程によれば、半田を剥離させたり界面の電気抵抗を増大させたりする現象の理論的解明はともかく、半田付け後、長時間高温に置かれる等の使用環境に対する耐久性を向上維持させようとすることは、リードフレーム用素材の開発に当たり、当業者が検討の対象としてきた要素であることは明らかである。したがって、この点の向上効果は、本願発明の構成を採用することにより、通常予測される効果であって、これを格別のものということはできない。

その他原告が取消事由2として主張するところは、前示説示に照らし採用できないことが明らかである。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第4132号

審決

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

請求人 株式会社東芝

東京都港区芝浦1丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内

代理人弁理士 則近憲佑

昭和56年特許願第207190号「電子部品」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年6月28日出願公開、特開昭58-108761)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和56年12月23日の出願であって、その発明の要旨は、平成3年3月27日付けの手続補正書により最終的に補正さた明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである.

「重量%で0.3≦Cr+Zr≦2.0(ただしCr1.5%以下、Zr1.0%以下)及び残部が実質的にCuからなる析出硬化型合金で構成された基体金属表面に直接Sn被覆層を介して半田部が接続されたことを特徴とする電子部品」

一方、原査定の拒絶の理由に引用された、本出願前国内において頒布された特開昭54-100257号公報(以下、引用例1という.)には、高強度銅合金で形成された半導体装置用のリードフレームについて記載されており、上記高強度銅合金の具体例として、クロム0.5~1.5%、残部銅からなる合金、ジルコニウム0.1~0.5%、残部銅からなる合金、及びクロム0.3~1.0%、ジルコニウム0.1~0.5%、残部銅からなる合金が示されており、これらはいずれも析出硬化処理したものであることが記載されている.同じく、原査定で引用された特開昭51-43721号公報(以下、引用例2という.)及び特開昭51-115775号公報(以下、引用例3という.)には、銅合金からなるリードの表面を錫メッキしたものが記載されている.

そこで、本願発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、引用例1における「半導体装置用のリードフレーム」は本願発明における「電子部品」に相当するから、両発明は、クロム、ジルコニウム及び残部が銅からなる析出硬化型銅合金で構成された基体金属からなる電子部品という点で一致し、各成分の組成割合についても両発明は重複している.

ただ、上記銅合金で構成された基体金属表面に関して、本願発明では「基体金属表面に直接Sn被覆層を介して半田部が接続された」と規定されているのに対し、引用例1にはこのような記載がみられない点で、両発明は一応相違する.

しかしながら、銅合金で構成されたリードの表面を錫メッキすることは、引用例2及び3にも記載されているように本出願前周知であり、また上記リードは通常、半田付けによってプリント基板等の他の部材に接続されるものであるから、上記引用例1に記載されたクロム、ジルコニウム及び残部が銅からなる析出硬化型銅合金で構成されたリードについても、この表面に錫メッキ、すなわち錫被覆層を設け、これを介して他の部材と半田接続するものとした点に、当業者が格別の創意を要したものということはできない。

したがって、本願発明は、上記引用例1~3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する.

平成4年3月19日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

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